真実6の検証
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薬原性精神病 「精神医学」(医学書院刊)という精神科専門誌の1991年7月号に大変興味深い論文が掲載されています。論文の題は「抗精神病薬の副作用として生じる分裂病的精神症状について」というもので5名の精神科医師の共著になるものです。2002年に、それまで使われてきた「精神分裂病」という呼称を「統合失調症」に変えると日本精神神経学会が発表する前の論文であるため「精神分裂病」という今では余り聞くことのなくなった病名が使われていますが、、「統合失調症」と同じことです。この論文が取り上げている二つの症例で専ら使われていた抗精神病薬はハロペリドール(haloperidol - HPD)という一般名のついた薬で、定型抗精神病薬(第一世代抗精神病薬)と言われている抗精神病薬です。1996年以降、非定型抗精神病薬(第二世代抗精神病薬)と呼ばれる抗精神病薬が次々と発売されるまでは、ハロペリドールは主役の抗精神病薬でしたし、今でもハロペリドールは広く使われています。 二つの症例とも、幻覚・妄想・緊張病症状などの症状が見られた患者に、ハロペリドールを投与したが、一向に良くならず、症状が慢性化していた。ところが投与するハロペリドールを大幅に減量してみたところ、患者は急速に回復したという症例です。「paradox反応」という言葉が論文で使われています。日本語で言えば「逆説反応」です。抗精神病薬は幻覚・妄想などの神経の興奮状態を鎮静化して、幻覚・妄想を抑える効果があるという薬の筈ですが、実際は神経を鎮静化させるのではなくて、逆に神経を興奮させ、幻覚・妄想を惹き起こすことがあるという意味で「逆説反応」という言葉が使われています。投与する抗精神病薬を大幅に減量したら、急速に幻覚・妄想が消失したということは、論理的に言って、抗精神病薬が幻覚・妄想を惹き起こしていたということになります。この論文にはこうも書いてあります。また「paradox反応」ないしは「akathisia」によって、自殺や殺人すら生じうることも報告されている。」 この論文で例として挙げられている二人の患者は入院患者でした。精神科医が身近で注意深く観察できる状況にあったと言えます。しかし入院患者といっても、精神科医の診察は、保険診療の下で、通例週一回、一回につき数分だけですから、入院患者であっても、ルーティーン的に漫然と患者を診るだけで終わってしまうことが多いでしょう。(看護師の方がよっぽど詳しく患者を看ています。)この論文を書いた精神科医がしたように、抗精神病薬の大幅な減量を試みることなど滅多にないでしょう。入院患者ではなく、外来の患者であったら、精神科医が患者を診る機会はさらに限られていますから、こんなことがあるという事実に精神科医は気がつきません。統合失調症の患者は、一生抗精神病薬を飲み続けなくてはならないという固定観念から抜け出せないのです。「これらの抗精神病薬による精神症状と内因性分裂病症状の類似性は高く、鑑別診断は困難である」にも拘わらず、症状が悪化したとみるや、精神科医は薬の増量や他の薬の追加することしか考えません。この論文の2症例は決して特殊な、例外的な症例ではなく、逆説反応は常に起きている現象と思われます。逆説反応は副作用ではなく、主作用であるといっても過言ではありません。 「鑑別診断は困難である」と現場の臨床精神科医が認めていることに、非常に重大な意味があります。この言葉の持つ意味を深く考えてみる必要があります。 精神科医は薬の悪口を言いません。精神科医に薬の副作用の話をすると、不機嫌になって、そんな事は滅多にないことだ、稀にしかないことだと言って患者の話を聞きません。薬の悪口を言わないことが彼らの”村”の掟なのです。掟を破るようなことを言えば”村八分”にされます。彼らの職業が薬の上に成り立っているからです。薬の批判をすることは、自らの首を絞めることになるのを彼らは知っています。 さらには、精神科と製薬業は運命共同体なのです。日本の大学医学部で、薬の批判をする人は、出世して精神科の教授にはなれません。製薬会社に嫌われたら、寄付金が来なくなります。臨床試験をやらせてもらえません。その他もろもろの便宜を図ってもらえなくなるからです。ここに引用した論文の5人の著者はその意味では勇気ある人達です。この論文にあるような抗精神病薬が原因の症状の悪化は、1991年のこの2症例しか日本では発生していないとでも言うのでしょうか?至る所で発生しているのに、それに気付いて論文にした人が誰もいないというだけのことです。真実1と真実2の存在も事態を悪化させています。 ここで紹介した論文が発表されたのは1991年と大分前のことです。この論文と同じように、抗精神病薬の効能に疑義をはさみ、症例を挙げて逆説反応を解説した、日本人精神科医が書いた論文は、筆者の限られた調査では、これ以外には何も見つかりませんでした。抗精神病薬を長期間服用した場合の副作用調査、特に精神症状上の副作用調査がそもそもないのです。欧米でも、こういった論文は滅多にありません。欧米にも”精神科村”があります。不文律があります。 ここで取り上げた「精神医学」以外にも、精神医学の専門誌(主として月刊誌)が日本にもいくつかあります。例えば、「精神神経学雑誌」(日本精神神経学会の学会誌)、「精神科治療学」、「臨床精神薬理」、「臨床精神医学」等です。これらの専門誌には薬の広告が、毎回、目立つ所に必ず載っています。これら出版社にとって、製薬会社から入ってくる広告収入はかなりの額になる筈です。また自社の販売する薬について好意的に評価している記事があれば、製薬会社はその号を大部数買い上げて、無料で精神科医に配布します。場合によっては、その記事だけのリプリント判を配ることもあります。出版社にとって、そこからの収入は馬鹿にならないでしょう。これらの専門誌の編集部門の人達はこの辺の事情を心得ていますから、薬を批判したり、製薬会社を批判する論文は記事として取り上げません。日本だけではなく、国際的に読まれている専門誌である「American Journal of Psychiatry」「JAMA Psychiatry」「Britisch Journal of Psychiatry」等にも、皆、毎号薬の広告が載っています。外国でも事情は日本と同じです。また薬について余り批判的な記事を載せると、製薬会社から裁判で訴えられることを恐れているという面もあります。 ハロペリドールなどの抗精神病薬の副作用として精神科の専門書でよく説明されているものに錐体外路症状があります。錐体外路というのは脳の中の神経経路で、不随意運動に関わる部分です。抗精神病薬は別名、神経遮断薬(neuroleptics)とも呼ばれますが、薬のために神経伝達が阻害され、こういった症状が起きてしまうのです。錐体外路症状の名前にはアカシジア(akathisia)、ディストニア(dystonia)、)、遅発性ディスキネジア(tardive dyskinesia)、パーキンソン症候群(Parkinsonian syndrome)等、余り普段聞き慣れない言葉が使われています。いずれも自分の意志とは関係なく体のある部分が動いたり、震えたりするので、本人以外でもその異常性にすぐ気がつきます。誰でもそれが変だとわかるので、錐体外路症状については比較的多くの研究がなされ、論文が書かれています。錐体外路症状が発現しないように、その予防として、抗精神病薬を服用する患者には標準的に抗パーキンソン病薬(例えば一般名biperiden、商品名タスモリン、アキネトン等)が処方されます。しかしこの副作用止めの薬そのものに副作用があります。抗パ薬は単に有害症状を隠蔽するために使っているようなものです。 2010年にアメリカのジャーナリストのロバート・ウィタカー(Robert Whitaker)が興味深い本を書いて、アメリカで精神医学に興味を持つ人達の間では評判になりました。本の英語の題名は”Anatomy of an Epidemic"(疫病の解剖)というものでしたが、2012年になって、この本の日本語訳が出版されされました。邦題は「心の病の「流行」と精神科治療薬の真実」です。あれだけたくさんの新しい精神治療薬が次から次へと発売されているのに、アメリカで精神疾患が増え続けているのはなぜだろうかという疑問から、著者は膨大な量の精神医療にに関する文献、データ、論文を徹底的に調べ上げ、その結果がこの本です。内容が極めて豊富で、ここで詳しく紹介する余裕がありませんが、例えばWHO(世界保健機関)の行った研究では、アメリカなどの先進国よりも、精神医療未発達で抗精神病薬も余り使われていないインド、ナイジェリア、コロンビアでの統合失調症患者の方が、より良好な回復経過を示しているという話が書いてあります。またいくつかのアメリカでの研究を引用し、抗精神病薬の服薬を止めたグループの方が、薬を飲み続けたグループよりも長期的に予後が良好であったとの報告もあります。いずれもが抗精神病薬の「逆説反応」が広く存在していることを示唆する研究です。 精神科医にはウィタカーのような本は書けません。精神医学界や製薬業界とのしがらみや、つながりのないジャーナリストであるからこそウィタカーはこういった本を書くことができたのです。アメリカの精神科医の間でもこの本は波紋を投げました。ウィタカーはアメリカの精神科医の会議に呼ばれて講演をしています。アメリカ以外でもヨーロッパ各地で講演をウィタカーはしています。英語版しかありませんが、ウィタカーは”Mad in America"というタイトルでブログも開設しています。 また、これは日本語訳がありませんが、同名の本も出版しています。 Mad in America http://www.madinamerica.com/ 「奇異反応」または「逆説的反応」(ベンゾジアゼピンの場合) ベンゾジアゼピン(benzodiazepine)と呼ばれる種類の薬があります。抗不安薬として、また睡眠薬として幅広く使われています。抗精神病薬だけでなく、ベンゾジアゼピンにも「逆説的反応」と呼ばれる危険な副作用があります。英語ではparadoxical reactionsと呼ばれています。英語以外のどのヨーロッパの言語でも、英語と同じように、paradox(逆説)という言葉を使ってこの有害反応を表しています。ところが日本語になると、この有害反応のことを「奇異反応」と呼んでいて、逆説的という言葉を使っていません。「奇異」というと、「珍しい」、「滅多にない」、「稀である」と言ったニュアンスがあります。ベンゾジアゼピンを日本で売り始めた頃に、製薬会社と製薬会社と同調する精神科医が「奇異」という言葉を考え出したものと思われます。「奇異反応」という呼び方は何か言い訳めいた響きが私にはあります。これがそんなに珍しい現象ではないことは本サイトをさらに読み進めると判ります。日本では「奇異反応」と呼び、欧米では「逆説的反応」と呼ぶベンゾジアゼピンの副作用についての解説が以下の専門書に書いてあります。 臨床精神医学講座 第14巻 精神科薬物療法 D.抗不安薬の副作用 p.234 発行 中山書店 1999年 「臨床精神医学講座」は全38巻からなり、一巻一巻が分厚く、重い本です。値段も一巻につき3万円前後ですので、医学部の図書館に置いておくような本です。極めて多数の精神科医が分担して各巻、各節を執筆しています。「抗不安薬の副作用」の節の執筆者は下田和孝(滋賀医科大学講師-当時)。「第14巻 精神科薬物療法」の巻全体の責任編集として、村崎光邦(北里大教授-当時)と青葉安里(聖マリアンナ医大教授-当時)の2名の名が挙がっています。以下にこの本から「奇異反応」についての説明を書き出してみます。 「b.奇異反応 BDZ系薬物は抗不安薬として精神を安定させるという本来の薬理作用と反対に、かえって不安・焦燥感を強めたり、抑うつ感や自殺念慮・自殺企図を誘発したりする場合があり、このような症状を奇異反応と呼ぶ。奇異反応の症状は、①抑うつ状態、②幻覚・妄想・精神運動興奮を呈する精神病状態、および、③敵意・攻撃といった症状にまとめられる54)。 奇異反応は1960年代にすでにchlordiazepoxide投与中の”急性激怒反応 acute rage reactions”として記載74) されているが、BZD系薬物による奇異反応は0.2~0.7%とあまり高くはない33)。BZD系薬物の中枢神経系への作用による脱抑制によって起こる35,36) との考えが支配的だが、高い攻撃性・衝動性を潜在的にもつ個体や抑制機構に何らかの脆弱性をもつ個体がBDZ系薬物による脱抑制作用によって顕在化したとする考え方もある。」 奇異反応がどういうものか、おおよそのことはこれでわかりました。奇異反応のこの説明はどうやら、文献54)にも書いてあるようです。文献54)と 「BZD系薬物による奇異反応は0.2~0.7%とあまり高くはない33)」と書いてあるという文献33は、この本の「抗不安薬の副作用」の節の末尾にある文献リストによると以下の2文献になります。 文献54: 村松光邦:BZの副作用、精神治療薬体系、上島国利、村崎光邦、八木剛平(編)、第4巻、 pp146-238、星和書店,、東京、(1997) (この本は2001年になって改定新版が出ましたが、該当部分は何ら書き改められておらず、以前のままです。この本は、日本で使われているほぼすべての精神治療薬を、包括的に、全網羅的に解説してあり、精神科医が手元におく参考書として幅広く利用されていると思われます。) 文献33: Greenblatt DJ, Allen MD: Toxicity of nitrazepam in the elderly; A report from the Boston Collaborative Drug Surveillance Program. Br J Clin Pharmacol 5: 407-413(1978) そこでまず文献54の該当部分(p.205)を以下に抜き出して見ます。 「10.6 奇異反応 BZは不安や緊張の緩和が主作用であるが、BZの投与によってかえって不安・緊張が高まり、気分易変性とともに激越的となり、攻撃的となることがあり、奇異反応paradoxical reactionや逆説的興奮paradoxical excitementと呼ばれる123,124,352)。 DiMascioとShader75)はこれを薬物による行動毒性としてとらえ、臨床用量の範囲内で生じ、個人の日常の生活状況の中での活動を妨げたり、制限したり、あるいは身体的健康に障害となる程度に知覚・認知機能、精神運動機能、動機づけ、気分、対人関係、精神内界の活動過程に変化を生じる薬理学的反応であると定義している。BZによる奇異反応の発生頻度は0.2~0.7%ときわめて低いものであるが116)・・・・・・」 そこでこの節の末尾にある文献リストにある文献116)は何であるか見てみると、以下の文献名が書いてあります。 文献116) Greenblatt D.J., Allen M.D.: Toxicity of nitrazepam in the elderly; A report from the Boston Collaborative Drug Surveillance Program. Br J Clin Pharmacol 5: 407-413,1978 これは先程の文献33(英語の文献)と全く同じものであることがわかります。BZによる奇異反応の発生頻度は0.2~0.7%ときわめて低いと主張する根拠となった論文はこの文献ということになります。 さらに遡って1992年に出た以下の書籍の中で、村崎光邦は北里大学医学部精神科学教授という当時の肩書で、ベンゾジアゼピン系睡眠薬であるトリアゾラム(triazolam)について、この薬の弁護ともとれる記事を書いていますが、そこでも彼は以下のように書いています。 「精神医学レビュー No.4 睡眠・覚醒とその障害」 p.90 発行 (株)ライフ・サイエンス 1992年 「Van der Kroefが最初に記載し29)、OswaldやKalesらがまとめたtriazolamによる多彩な精神症状については、triazolam特有のものでなく、古くからbenzodiazepineによる奇異反応paradoxical reactionとしてよく知られている7,19)。その発生頻度は0.2~0.7%との報告もあるが6)、実際にはそれよりはるかに少ないと考えられる。」 そこでこの記事の末尾にある文献リストを見て、文献6)が何であるか見てみると、ここでもまた以下の文献が現れます。 Greenblatt DJ and Allen MD: Toxicity of
nitrazepam in the elderly: A report from the Boston Collaborative Drug
Surveillance Program. Br J Pharmacol 5:
407-413, 1978. 「一方でまた、ニトラゼパムの二つの主な有害反応の頻度は、明らかに服用量に関係している。ニトラゼパムの服用量が多いと、好ましくないCNS抑制並びに/あるいは精神運動機能低下の頻度が高まることが、数多くの臨床試験で実証されている。またニトラゼパムの服用量が多ければ、好ましくないCNS刺激の頻度も高まることも我々は観察した。ということは、そういった反応は、必ずしも予想できないものであるとか、“特異”なものではないということを示唆する。」 「二つの主な有害反応」とはCNS抑制とCNS刺激のことです。二つとも逆説的反応に含まれます。逆説的反応は服用量が多い場合には、予想できることであり、また逆説的反応は”特異”なものではないとGreenblattは言っています。”特異”というのは日本語ですが、ここで使われている元の英語は"idiosyncratic"です。"idiosyncratic"という言葉は日本語にピタッとした訳語がないのですが、”ある人に固有の”、”ある人の癖になっている”、”特殊な”とか、”一般的ではない”という意味があります。”特異”とここでは日本語に訳してありますが、「奇異反応」の「奇異」に相通じる言葉です。Greenblattはここで「逆説的反応」は服用量が多い場合には、別に「奇異」なものではないと言っているのです。 ひるがえって、日本では、特に精神科の患者は、数種類のベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬を、時には臨床用量を越えて、何年も何年も服薬させられていることは珍しいことではありません。また、依存性と離脱症状がありますから、ベンゾを断薬することは並大抵の覚悟ではできません。服用するベンゾ系薬物すべてを合計すれば、患者のベンゾ系薬物の合計服用量-言い換えれば血中濃度-は膨大な量になってしまうのです。 ニトラゼパム以降、それ以外のベンゾジアゼピン系薬剤があまた開発、発売されているのにも拘わらず、1969年から1976年の期間(今から数えて40数年前)の、ニトラゼパム単剤で頓服服用の超短期間服用の臨床データを、ベンゾの奇異反応(逆説的反応)の発現頻度が低いと主張する根拠とすること自体が異常なことです。この論文以外には、奇異反応(逆説的反応)を取り上げた論文で、製薬会社や精神科医にとって有利で(副作用が少ない)、公表できる論文が他にはないのだろうと推論できます。せっかく承認された薬の副作用を深く研究することは、自らの利益につながらないということを製薬会社や精神科医は知っています。 尚、アメリカのFDA-Food and Drug Administration(食品医薬品局))は現在ニトラゼパムを承認していません。 Goldblattの論文の末尾には、「ボストン共同医薬品監視プログラム」を支援してくれた各国の公共保健機関、医療機関等の名前が挙がっていますが、その中で、民間支援企業として唯一、Hoffmann-La Rocheという製薬会社の名前が挙がっています。これで、この研究には同社からの資金援助があったことが明らかになります。Hoffman-La Rocheはスイスに本拠をおく大手製薬会社で、ベンゾジゼピン系薬剤を世界で初めて作り出し、その後もニトラゼパムを始め、次々とベンゾ系の薬を開発・販売して巨万の富を築いてきた会社です。これで、この論文の信頼性がさらに揺らぎます。 ここでは具体的に逐次挙げませんが、ネットでGreenblattの書いたその他の論文を検索してみると、彼はベンゾジアゼピンについて絶えず好意的な論文を書いていることが判ります。 例えば、1977年に、あるアメリカの薬理学の学会でベンゾジアゼピンの依存について発表した彼のプレゼンテーションの原稿が論文として残っていますが、最後の締めくくりに、コメントとして彼は以下のように述べています。 コメント 「ベンゾジアゼピンの依存性と習慣性の危険は、多分今まで大げさに誇張され過ぎて来たと言えるだろう。不安とか不眠の対症療法としてベンゾジアゼピンを長期に渡って服用してきた人の一部には、薬を中断すると不快気分を経験する人がいるかも知れないが、だからといって、これは依存とか嗜癖を表すものではなく、治療を始めた元々の疾患が多分、再発したためであろう。」 (以下は英語原文) COMMENT "The hazards of benzodiazepine addiction and habituation probably have been greatly
exaggerated. Some individuals receiving benzodiazepines for the symptomatic treatment of anxiety or insomnia
over long periods of time may
experience dysphoric symptoms when the drugs are discontinued, This
probably does not
represent addiction or dependence, but rather reappearance of the disease
for which treatment was originally initiated, " 薬の副作用として何か有害精神症状が現れると、それを元の精神疾患や本人の性格のせいにしてしまうのは精神科医や製薬会社の常套手段です。薬の副作用であるとは認めずに、すべて自分たちの都合のいいように解釈するのです。真実2の裏の誤った思い込み2につけ入れば、、何を言っても人は信じてくれると彼らは考えているようです 抗不安薬の薬理作用について意味深長なことが、ある抗不安薬の解説書に書いてあります。以下にそのくだりを引用します。 「1)抗コンフリクト(抗葛藤)作用 臨床上の抗不安作用と最もよく相関し,重要な作用である。コンフリクト・テストは,不安や恐怖に類似した状態を動物に設定する。空腹ラットをスキナー・ボックスに入れ,食物を得るためレバー押しを行なうよう訓練するとすぐレバー押しを覚える。この訓練の完成したラットに,レバーを押すと食物を得ると同時に床から電気ショック(罰刺激)を受ける罰期と,罰刺激なしに食物を得られる安全期を設定し,罰則はブザーで予告する条件刺激を与え,罰期と安全期を反復訓練する。ラットは安全期には盛んにレバーを押すが,罰期には飼は欲しいが,電気ショックが恐いため,押すか押すまいか迷う。すなわち葛藤状況に陥る。そしてこの条件行動を学習したラットに抗不安薬を与えると,罰期のレバー押し回数が増加する。これは報酬を得るための罰刺激に対する不安や恐怖は抗不安薬により希薄となり罰効果が減少するためである。扁桃核の中心核が抗コンフリクト作用の発現に重要な部位で,またこの部位はbenzodiazepine受容体の濃度も高い。この抗コンフリクト作用は,薬物の脳内benzodiazepine受容体に対する特異的結合能ともよく相関し,先に述べたように臨床上の抗不安効果によく比例する。」 「改訂 抗不安薬の知識と使い方」 p.18 杏林大学医学部精神神経科教授 上島国利・著
高みを怖がるということは人間や動物ににとって極めて本能的なことです。個の生存、個体の保存は人間や動物にとって最も基本的な本能です。進化論的にも人間と動物はそう作られているのです。また進化論を信じないのであれば、創造主が人間や動物をそう作ったのです。 抗コンフリクト(抗葛藤)作用と製薬会社の薬理研究者はこれを呼んでいます。コンフリクトとは英語のconflict(対立、葛藤)から来ていますが、conflictイコールanxiety(不安)ではありません。このネズミの行動はconflict resolution (対立の解消)をしている訳ではありません。人間であれば2項対立の葛藤を感じているという特徴づけをすることはいかにももっともらしいですが、、動物の場合では、落下の恐怖を感じなくなるということが単純明快な説明です。そもそもconflict(対立、葛藤)というのは言語を使う人間が考えた言葉です。動物は言葉を使いませんからもっと単純です。怖いか怖くないかというのがすべてです。 これらの動物実験からわかることは、「抗不安薬」というのは実体とはかけ離れた呼び誤り(misnomer)であるということです。より正確には「抗恐怖薬」、「抗恐れ薬」あるいは「抗怖さ薬」とでも呼ばなくてはなりません。英語で言えばanti-fear drug です。ところがそれを開発し販売し始めた製薬会社や研究者が、それを「anti-anxiety drug」とか「抗不安薬」とか呼んで、世の中にそれを売り込んだのです。その方が幅広く薬が売れるからです。それが大きな混乱を惹き起こしているのです。 東京に住んで、電車をよく利用していると、人身事故のために電車が遅れていますといった、駅でのアナウンスや掲示を最近はしきりに聞いたり、目にするようになりました。テレビのテロップでもよく流れます。そのたびに、電車に飛び込んで自らの命を絶つなんて、一体どんな心理状況なのだろうと不思議に思います。体がズタズタになって、大変な痛みと苦しみを味わう訳です。あれ程怖いことはとても正気ではできない筈です。ビルからの飛び降りも同様です。電車への飛び込みは駅でのアナウンス、掲示、メディアの報道等があるので皆、見聞きするわけですが、ビルからの飛び降りは報道されません。内閣府作成の自殺対策白書によると、自殺手段別分類では、平成26年のビルからの飛び降り件数は全体の自殺件数の内、男で7.9%、女で12.4%となっています。飛び降りの方が電車への飛び込みに比べ 男女とも数倍多くなっています。電車に飛び込んだり、高いビルから飛び降りるという行為は完全に人間の持つ生存本能や、危険回避本能に反する行為であって、正気ではできません。人間の本能に反します。自殺者はほぼ100%薬の影響下にあって、そのため人間の持つ最も根源的な本能を狂わせられたと見るのが最も合理的な推論です。電車に飛び込んだり、ビルから飛び降りることが怖いことだと感じなくなってしまうというのは、抗不安薬投与後のネズミが電気ショックを怖がらなくなってしまったり、高所の壁のない通路を歩いても怖がらなくなるのと極めて類似しています。また飛び込み、飛び降りに限らず、人間にとって死ぬことは怖いことです。死に至るような行動をとることを人間は本能的に避けようとします。死ぬことが怖くなくなったら、自殺も怖くありません。 抗不安薬とは英語のanti-anxiety drugs ないしはanxiolyticsの訳語として日本語に入ってきた言葉であると考えられます。しかし不安とanxietyは全く同じではありません。不安という日本語を大きな和英辞典で調べて見ると(気がかり・心配)uneasiness; uncertainty; anxiety; apprehension; misgivings; unrest; restlessness; (どっちつかずの状態)suspense, (恐れ)fearといったいくつもの英訳語が書いてあります。逆にanxietyという英語の日本語訳を大きな英和辞典で調べて見ると、「心配」「懸念」不安」「気遣い」「苦悶」「もどかしさの入り混じった強い願い」「切望」「熱望」と和訳語が書いてあります。私であればこれに「焦燥感」という日本語を付け加えるでしょう。不安であれanxietyであれ、意味するところは言語によって、また個人によって微妙に違うのであって、十把一絡げに不安とはこういうもの、anxietyとはこういうものなどということはできないのです。心の中の状態の陰影は言語で正確に表現して他人に伝えることはそもそも無理なのです。 精神科で不安障害という言葉で呼ばれるものにはいろいろな種類があります。パニック障害、広場恐怖症、全般性不安障害、社交不安障害、強迫性障害等々様々です。それぞれの間には微妙な違いがある筈ですが、精神科医はそこまで考えません。精神科医のところに行って「私は不安です」、「私は心配です」「私は~が怖いです」と言っただけで、抗不安薬が処方されます。SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor)と呼ばれる抗うつ薬が市場に出回ってからは、SSRIが処方されることもありますが、「不安」が主訴であるなら抗不安薬を出しておけばいいと、精神科医は単純に言葉に振り回されて処方します。彼らの箙(えびら)にはSSRIと抗不安薬という2種類の矢しか入っていないのです。 抗不安薬のことを精神安定剤といったり、マイナー・トランキライザーと呼んだりすることがありますが、抗不安薬にせよ精神安定剤にせよマイナー・トランキライザーにせよ、薬を売るために製薬会社が考え出した名称です。薬の実際の働きと、名称の間に乖離が見られることはしばしばです。抗不安薬なのになぜ不安が現れるのかと尋ねられと、逆説的反応とか奇異反応という言葉を使って製薬会社は言い逃れをしているのです。 幸運であった面もあるとは思うが、40年間精神科で患者を診察して来て、自分の患者の中で一人も自殺者を出していないと2008年に出した本の中でブレギンは述べています。さもありなんです。彼は自分の所に来る新患の患者に、自分から進んで精神薬を処方することはありません。薬を処方するのは、既に薬を服用している患者が来た場合、離脱症状があるので、いきなり減薬、断薬はできないので、やむを得ず薬の処方箋を書く時だけです。これは自殺と精神薬との深い関係を示唆する重要な事実です。 後述の「死にたくなる薬」の節の「ある精神科医の証言」で紹介した、20年で自分の患者56人を自殺に追いやったある日本の精神科医との対比があまりにも鮮烈です。 1987年のことですが、当時全米で大変人気の高かったテレビのワイドショー、オプラ・ウィンフリー・ショ-(Oprah Winfrey Show)にブレギンは出演、精神治療薬の強い批判を行ったため、NAMI(National Alliance for the Mentally Ill)という名の、患者の父母を中心とするロビー団体がメリーランド州Maryland Commission on Medical Disciplineにブレギンの医師免許をはく奪すべきであると訴えたましたがこの訴えは最終的には却下されました。この顛末は当時、以下のアメリカのメディアでも報じられました。 New York Times Washington Post Clinical Psychiatry News 多くの著書がありますが、残念ながら日本語に翻訳されたものがありません。しかし以下に書いた彼の代表的な著作の題を見れば、ある程度内容を推察できると思います。英語に自信のある読者は、是非一度、どれかをお読みになることを勧めます。 ・Your Drug May Be Your Problem (仮訳:薬が問題なのかも知れない) ・Toxic Psychiatry (仮訳:毒性精神医学) ・Brain-Disabling Treatments in Psychiatry (仮訳:脳を台無しにする精神科治療) ・Medication Madness (仮訳:薬原性狂気) ・Psychiatric Drug Withdrawal (仮訳:精神薬からの離脱) ブレギンはまた以下のウェブサイトも持っていて、そこでも情報発信しています。 Psychiatric Drug Facts with Dr. Peter Breggin (精神薬の事実-ピーター・ブレギン医師) What your doctor may not know (あなたの医者が知らないかも知れない事) |